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【* 『少女』(二) ミドリ *】
* 『少女』(二) ミドリ *

少女(二)ミドリ


半日のあいだ泣いた少女は赤いウサギの目でスプーンを握っていた。
黙々とスープの中をつつき、肉を口に運んでいる少女の裸体を、ぶつくさ言いながらミドリが拭った。
「まったくもう。こんなに汚して!」悪態をついて蒸したタオルで少女の体を拭う。

ミドリは新しい小間使いのひとりだった。
新しいといってもすでに一年近く経つ。まだ三十路前の女性で、ほっそりした体つきをしていた。美人だが、陰湿な性格と神経質な目元が彼女の顔から母性を消し去っていた。
ここ一年ばかりは彼女が実質的な世話係だった。そのためにミドリは雇われたのだ。

少女はミドリがあまり好きではない。拷問を受けるのは少女の仕事だが、ミドリの意地悪はそれとは別の嫌悪感を少女に与えた。
「聞いてるのかい、ナミ!?」
それは少女の名だったが、ナミは無反応だった。ミドリの言葉の半分はいつだって聞こえていなかった。ナミの心が無意識にミドリを拒絶するからだ。
「何様のつもりよ!」ミドリが叫ぶのと同時に、ナミは背中に激痛を感じた。
少女は息を詰まらせて体をのけ反り、椅子から転がり落ちた。
その上にスープの入った器が落下し、肉汁が体にかかる。それが背中の傷にしみ、ナミは初めて悲鳴をあげた。
ナミの背中はザックリと裂け、糜爛した切り口からどくどくと血があふれていた。
ミドリが背後からナイフを使ったのだ。
「フン。切られて感じてるんだろう? この変態!」ミドリは少女の体を踏みつけた。
少女は泣きながらやめてと言った。
痛いと言って泣き、苦しいと言ってうめいた。
それでも女はナミを踏みつけた。ジリジリと踏みつけ、力任せに蹴った。
「なにが苦しいよ! こんな傷……すぐに塞がっちまうクセに! お前はそれが気持ちいいのさ。変態の分際でっ! この、このっ──」言いながら狂ったように蹴りあげた。

ミドリは少女を憎んでいた。
上等の絹みたいにすべすべした、真っ白な若い肌をしているだけでもミドリにとっては憎しみの理由になった。

そのうえこの少女は“治癒者”なのだ!

あらゆる傷はまたたく間に塞がり、切断された手足さえトカゲの尻尾のように生えてくるのだ。 それどころか、たとえ細切れに切り刻もうとも、この悪魔は無から命を紡ぎ出すように、自分の細胞をかき集め、こねくりまわし、粘土細工のように元の体を再生してしまうのだ! そう思うたびにミドリは憎悪をつのらせた。
虚栄心が人一倍強く、屈折した心をもったミドリにとって──そして若さという特権が色褪せつつある彼女にとって──それは決して許されることではなかった。

私は夜ごと鏡の中の自分に溜め息をついているというのに、お前は毎日でも生まれ変わるなんて!
私はこの先も増えてゆく皺を……皮膚のたるみを……失った水分を感じながら年老いていかなくてはならないというのに──お前はいつまでも若いままだなんてッ!
そんなの許せない……誰が許すものか!!
そうなじりながら、ミドリは少女を蹴り上げた。
罵りながら何度も刺した。

完全な“治癒者”──それがナミの正体だった。
ミドリが思っているような“不老不死”ではなかったが、それでも老化の速度は恐ろしく緩慢で、不死についてはたしかにその通りだった。
肩で息をしながら、ミドリは足元に転がる少女を眺めた。
端正な顔は無残に切り裂かれ、体中にナイフを受けて、少女は全身を真っ赤に染めて横たわっていた。
それでもナミは生きていた。
そして全身から血を流し、涙をこぼし、涎をたらしながら失禁して汚物を排泄した。
苦痛のなかで泣きながらそれでも死ねなかった。
裂けた喉の隙間から奇妙な音を出し、ビクビクと痙攣する少女を見て、ミドリはさらに怒りを覚えた。
ひと思いにとどめを刺さなかったのは苦しませるためだったのに、それは返って少女の生命力と若さをミドリに感じさせるだけだった。
死にかけてもなお少女の肌はみずみずしく、若かった。
小さな胸と未発達の股ぐらの割れ目は、幼さと同時に充分な時間を与えられた女の性を象徴しているようだった。
そして体中に走る裂傷のうち、浅い傷がプチプチと音をたてながら塞がっているのがわかった。

それを見て、ミドリはなにか叫びながら部屋中を駆けた。
掛けながら手に触れたものを片っ端から少女に投げつけた。
大きな花瓶の破片が少女の全身に刺さり、ナイフやフォークがそのうえから突き刺さった。
倒れた食器棚に押し潰されて両足は骨ごと砕けた。
飛んできた包丁で尻の肉が削ぎ落とされ、腕や背中の骨が露出した。
喉を潰されて声の出せない少女は刺されるたびに痙攣し、潰されるたびに血液をぶちまけて排便と放尿を繰り返した。
投げるものがなくなると、ミドリは隣の部屋から大ぶりのハンマーを持ち出してきた。
子供の背丈ほどはある杭打ち用の巨大なハンマーだった。
大人であっても女性のミドリが振り上げるのは大仕事だ。
「お前なんか……お前なんか!」ミドリの目は狂気をたたえていた。
その瞳からぽろぽろと涙を流しながら、ミドリは少女の頭部に狙いを定めた。

振り上げられたハンマーがゴツリと落ち、ナミの意識と視界が消失した。

血と汚物と肉片が散乱した部屋の中で、ミドリはいつまでもそこに立ち、嗚咽に似た泣き声をあげながら、足元に横たわる首なし死体を見つめていた。


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